あぁ、日常

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ギブミー!くれない観劇後の余韻がすごい。

見る前からつねちゃんのブログの稽古中の起こった事と感情のすべてをつらつら話している記事を読んでいた。あの記事を読んだ時からあたしの中でAIABO皮果BOOMは開演していた。日常が一番アツくてたまらんそれぞれの人生で、4人の日常が一歩も譲ることなくあった。ここまでたくさんぶつかっていたのだろう。たらいから出る音の重みが違った。終演後にたらいを持ってみたら意外と軽くて(音の印象のまま声に出して重い!と言ってしまったけど片手で持てるくらい軽かった)まるで生きているとは思えなかった。


手足がなく、小刻みに震えている宇宙人の描写は、つねちゃん脚本の、たらいが3人の女性と恋に落ちる瞬間の、触れた時の揺れに似ていたし、自分自身もまた感じるたらいというメッセージもあって、区切りという概念がない液体のような空間に入りこんでいるあたしの「まさに今!」の状況を今度は「宇宙人のお尻の穴に手をつっこんで指を動かす」というよどみない今の的確描写で、先日尊敬する人に言われた「いいのよ、狂っちゃいなさいよ。」という言葉が流れてきた。


あたしはずっと、人は出会ったものにほぐされて徐々にやわらかく液体化していくことが「成長」で完全に液体になるというゴールが死だというイメージがあって、そもそも、あたしがアクセサリーブランド「gum」を始めた理由の一つが恋愛もセックスも知らない処女・大丈夫丈夫が、肉体と大地の境界線をなくす、大地肉体化計画という壮大なセックスのプロジェクトでもあって、(もちろんこれだけがgumじゃない)そんなあたしの中での祈りのような事をあたしより少しだけ年上の女性4人が体現して今作っている瞬間に入りこんでしまった。急に。これこそれっきとした大地肉体化計画だし、日常だ。日常系と謳う映像媒体が結局は非日常を求める人たちの手によって作られているという違和感で、作品云々よりこれは日常ではないではないかとプリプリ怒っているあたしが見たほんとうの日常系の真髄。「デトックス&スマイル。」あんなにカチコチで硬いたらいがそんなこというなんてという矛盾の笑いなんて全くなくて、頷くばかりだった。あの空間でみんなで一緒に少し死に近づけることができたことが嬉しい。